2018.02.25

対談「沖縄・ニシムイ美術村と画家たち」

「東京⇆沖縄 池袋モンパルナスとニシムイ美術村」展開催中です。
初日の昨日は対談「沖縄・ニシムイ美術村と画家たち」を行いました。
講師は前田比呂也氏(沖縄県立博物館・美術館 前美術館副館長)と豊見山愛氏(沖縄県立博物館・美術館 美術館主任学芸員)です。
お二人は、2015年に沖縄県立博物館・美術館で開催された「戦後70年特別企画展 ニシムイ 太陽のキャンバス」展をはじめ、本展展示作家の名渡山愛順氏、山元恵一氏の回顧展などもご担当されました。

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トークは4部構成で、まずはじめに豊見山氏による琉球王国時代から近代までの沖縄と美術の歩み、関連映像の上映、前田氏によるニシムイ美術村に関するお話、最後に本展担当学芸員を交えた鼎談を行いました。

豊見山氏のお話の中では、地上戦により壊滅的な被害を受けた沖縄の戦後が、米軍による軍政に始まり、当初軍政を担当したのは、文化人類学を重視した海軍であったことのご紹介がありました。そのため軍政府の諮問機関である沖縄諮詢会に文化部芸術課が設置され、画家たちが美術技官として雇用されました。彼らは石川市東恩納に集められ、アトリエを得て自由な制作活動が奨励されたそうです。
しかし陸軍への軍政移管に伴い文化部が廃止され解雇されると、画家たちは「沖縄美術家協会」を結成し、石川から首里儀保町に移動して「ニシムイ美術村」を建設しました。かつて松が茂る丘陵で、首里八景の一つでもあったこの場所で、画家たちはそれぞれの活動を展開しました。
美術村建設構想の中心にいた名渡山愛順に影響を与えたのが、彼が学生時代を過ごした東京の落合・池袋のアトリエ村でした。共同体としてのアトリエ村の精神は「ニシムイ美術村」にも引き継がれました。美術に限らずさまざまな人たちが訪れ、交流し戦後沖縄の文化復興の拠点になりました。

前田氏からは「ニシムイ」の画家たちの世代間での価値観の衝突が、二つの大きな流れをつくり、その後いくつものグループの形成を促し、今の沖縄美術に続いているというお話もいただきました。沖縄固有のものを描こうとする名渡山らの世代と、グループ展「五人展」を結成した安谷屋正義らの世代で、作品や表現の方向性が異なったそうです。

当時の貴重な写真なども交えてお話いただきました。
ご来場いただいた皆様ありがとうございました。(聴講60名)

3月3日(土)14時〜15時には、担当学芸員によるギャラリートークを行います。
展示室にて作品や作家についてお話します。こちらもぜひお越しください。