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ブルーノ・ムナーリ あの手 この手 ブルーノ・ムナーリ(1907-1998)は、絵画・デザイン・美術教育などの分野で多岐にわたる活動をしました。この展覧会は、ムナーリの活動を彼が生涯にわたってかかわり続けた「本」の仕事を手がかりにして分類、展示し、彼の思考の軌跡をたどる試みです。 展示内容は、ムナーリの書籍を中心に、日本ではほとんど紹介されていない、未来派時代の油彩画やスケッチ、絵本原画、映像作品なども含まれる予定です。また、ムナーリと日本の文化人やアーティストとの交流も併せて紹介します。10のコーナーの冒頭には、ムナーリをリスペクトする駒形克己氏デザインの、ダンボールを用いた展示ケースにシンボルとなる作品が印象的に展示されます。 柔軟な発想と、自由なものの見方を大切にしたムナーリ。近年、イタリアと日本を中心に復刊が相次ぎ、生誕100年を期に改めて注目を集めています。この記念すべき年に、イタリアと日本から集めた約330点のムナーリ作品を一堂に展観します。 関連イベント情報はこちら 展覧会カタログのご購入はこちら
1 未来派『役に立たない機械』 ムナーリは、後期の未来派の活動に1927年から1937年まで参加していました。現代文明を賛美する未来派の主張から、ムナーリは一歩すすめて「人間が機械の主人であることを芸術を通して訴える」機械主義宣言を発表します。未来派への参加は、機械の非人間性を制御して、機械をより活用して人間性の回復を試みる芸術への手立てとして利用するという、ムナーリの思想が形成される大きなきっかけとなりました。 2 本と遊ぶ『ぞうのねがい』
3 オブジェとしての本『読めない本』
4 絵本の展開『闇の夜に』 ムナーリは「読めない本」での一連の実験をもとに、1956年「闇の夜に」を出版しました。最低限の言葉を用い、色紙のページには穴が開いていて、絵はトレーシングペーパーに印刷されるなど、本全体から立体性を感じ取ることができるという、新しいタイプの絵本の誕生でした。 5 伝達への実験『ムナーリのフォーク』 ムナーリは「ビジュアル・コミュニケーション」に関するさまざまな実験を作品の形にして発表し続けました。ありふれたフォークをちょっと曲げて表情をつけ、人間のジェスチャーのようにみせて意味を与えた「ムナーリのフォーク」は、どのように意思が伝達していくのか、ムナーリらしいやり方で見せてくれる代表作のひとつです。 6 あたらしいメディアへの興味『黄色ずきんちゃん』 ムナーリは好奇心旺盛で、新しい素材や技法を積極的に取り入れて作品を作っています。その代表的なものがコピー機を使ったゼログラフィーア(64年より)と偏光版を使ったダイレクト・プロジェクション(50年代半ばより)であり、しばしば子どもたちとのワークショップでも使用されました。 7 作家・画家・デザイナー、そして企画者『子どもがいっぱい』 ブックジャケットのデザイン、シリーズの監修、文章あるいはイラストの提供など、ムナーリが様々なかたちでかかわった書籍を展示し、ムナーリの関心がどのように動いていったのか探ると同時に、グラフィック・デザイナー、作家、編集企画者としての仕事を追います。 8 アートとあそぶ『本の前の本』 1970年代よりムナーリは、子どもの創造性を伸ばすためのワークショップを始めました。1985年、青山の「こどもの城」にて開催されたワークショップは、日本の美術教育界にも大きな影響を与えました。同時にこの時期は、独自のデザイン論を確立させ、多くの理論書を出版しています。
ムナーリは、1957年に出会ったブルーノ・ダネーゼと共に、ミラノデザインの世界発信仕掛け人となります。ムナーリのプロダクトデザインは、機能的な美しさ、梱包の簡単さ、扱いやすさなどプロダクトとしての完成度にも注意が払われている一方、あたらしい素材の追求や使う人の想像力を刺激するしかけなど、遊び心も感じられます。 10 ムナーリと日本『ムナーリ・バイ・ムナーリ』 ムナーリと日本人との交流は、相互に影響を及ぼす実り豊かなものでした。ここでは、瀧口修造、武満徹、柳宗理、福田繁雄らとの交流の軌跡をドキュメントする作品と資料を展示します。さらにムナーリと交流のあったデザイナーの花牟禮亜聖氏所有の手紙やカードも初公開いたします。 |
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